法人営業戦略に役立つコラム|CSvisionコンサルティング

第1回 なぜ「AIを導入すれば売れる」は間違いなのか

作成者: 東城 拓治|2026/9/21

 

読者の課題

「AI活用は進めている、しかし成約率が上がった実感がない」。多くの経営者、営業マネージャーがこの壁にぶつかっています。会話解析ツールを入れた、CRMにスコアリング機能をつけた、生成AIで提案書を作らせている。それでも四半期の着地は相変わらず読めず、営業組織の実力そのものは変わっていない。この違和感の正体を知りたい方に、この記事は向いています。

結論

先に結論を書きます。
AIが力を発揮するのは「情報処理」の領域です。AIは問題設定を支援することはできます。しかし、「何を経営課題として選択するのか」という最終的な問題設定は、人間が担う必要があります。
多くの企業でAI活用が空振りに終わるのは、技術が未熟だからではなく、間違った問題設定のままAIを導入しているからです。
本シリーズでは、拙著『営業はビジネス実行能力が9割』の理論的な枠組みを軸に、現在のAIが具体的にどこまで実現でき、どこに壁があるのかを10回にわたって検証していきます。

定義

  • 受注予測精度:パイプライン管理によって、商談ごとの見極めがどれだけ正確にできているかを示す指標。今月の受注額をあてることがゴールではなく、見極めの質を測るものさし。

  • 強い営業組織:組織文化・タレントマネジメント・営業プロセスの3要素が噛み合い、受注予測精度が高い水準で安定している組織。

AI導入は進んだ、しかし結果はついてきていない

営業組織へのAI導入は、この数年で驚くほど進みました。会話解析ツールが商談を自動で記録し、CRMがリードの優先順位を自動でスコアリングし、生成AIが提案書やメール文面を数秒で作り出す。数年前には想像もできなかったことが、当たり前の光景になりました。

ところが、マッキンゼーが2025年11月に発表した調査「The state of AI in 2025」によれば、多くの企業が何らかの業務で既にAIを導入している一方、投資に見合う「明確な成果」を実感できていると回答した企業はごく一部にとどまり、94%の企業がまだ明確な成果を実感できていないと回答しています。

業種を問わず共通する傾向であり、営業組織においても同様の声が多く聞かれます。ツールは導入された、しかし成約率は上がらない、受注予測はやはり外れる。多くの経営者が、この矛盾に直面しているのではないでしょうか。

「問題がわかっている」のに変わらない、という構造

私はこれまで、法人営業組織の変革を支援するコンサルタントとして、数多くの経営者や営業マネージャーと対話をしてきました。

最初に必ず聞く質問があります。「なぜ、売れる営業担当者と売れない営業担当者がいるのでしょうか」。この質問に「わかりません」と答える依頼者はほとんどいません。戦略がない、マネジメントが弱い、担当者のスキルが低い。多くの人が、自社の課題をある程度言語化できています。

しかし、問題がわかっているのであれば、なぜ自社で改善が進まないのでしょうか。真の原因を見出せない理由は二つあります。
一つは、経営者もマネージャーも、営業組織の実行力を計測し分析する手法を持てていないこと。
もう一つは、そもそも営業戦略と呼べるものを持てていないことです。

AI導入も、この構造の中で語られるべきだと思います。間違った問題設定のままAIを導入すると、間違った判断がもっともらしいデータに裏付けられて強化されてしまう、という、より厄介な事態を招くことすらあります。

現場の実績(匿名事例)

ある卸売業(従業員120名規模)を支援した際、AI導入前の受注予測は、四半期ごとに実績との誤差が平均で40%を超えていました。
最初にご相談いただいたときの依頼内容は「AIで予測精度を上げてほしい」というものでした。

しかし実際に着手したのは、AIの選定ではなく、受注予測の誤差がどのフェーズで生まれているかという診断です。
診断の結果、フェーズ通過の基準が担当者ごとにバラバラであることが根本原因だとわかり、まずその基準を統一するところから着手しました。

基準統一から1年後、受注予測の誤差は18%程度まで縮小し、その段階で初めてAIによる予測モデルを導入したところ、モデルの精度は導入初期から高い水準で安定しました。順序を逆にしていたら、この結果は得られなかったと私は考えています。

私はこう考える

AI導入の失敗の大半は、技術の問題ではなく「問題設定」の誤りだというのが、私の実感です。
経営会議で「AIがこう予測しています」という一言が出た瞬間、その数字の前提を誰も疑わなくなる、という光景を何度も見てきました。数字で武装した誤った判断は、数字を持たない誤った判断よりも、時に始末が悪いのです。

AIというより強力な道具を手にした今だからこそ、「そもそも何を解決したいのか」を1文で言語化する力が、経営者に強く求められていると考えています。

このブログシリーズで扱うこと

  • 受注予測精度という診断軸に、AIはどこまで踏み込めるのか

  • なぜAIを使っても受注予測が当たらないケースが多いのか

  • 顧客の「問題」を理解するという営業の出発点に、AIは関与できるのか

  • 商談の勝敗を左右する「キーマン」を、AIは見つけ出せるのか

  • 資格検証・価値正当化・契約交渉という3つのフェーズで、AIの得意・不得意はどう分かれるのか

  • 「強い営業組織」に必要な3つの要素と、AIが担える範囲はどこまでか

  • 最終回では、これらを統合した「AI時代の営業DX」のあるべき進め方

AIの実力早見表

領域 AIの実力 主な理由
受注予測の可視化・パターン抽出 高い 過去の大量データから統計的な相関を学習できるため
提案資料・メール文面の生成 高い 既存情報の整理・再構成は生成AIの得意分野のため
問題設定・戦略の意思決定 低い 何を解決すべきかという価値判断はデータの外側にあるため
組織文化・タレントマネジメント 関与できない AIはプロセス支援ツールであり、人と文化そのものは変えられないため

チェックリスト

  • 自社が「解決したい問題」を1文で言語化できているか

  • 受注予測と実績のギャップを、四半期ごとに定量的に把握しているか

  • AI導入の目的が「ツール導入」ではなく「特定の課題の解決」になっているか

  • 予測が外れた商談について、原因を遡って検証する習慣があるか

FAQ

Q. AIを導入すればとりあえず何かは変わりますか?
A. ダッシュボードの見栄えは変わりますが、営業組織の実力そのものが変わるとは限りません。問題設定を誤ったままでは、精緻に見える数字が積み上がるだけに終わることが多いです。

Q. 何から始めるのが正しい順序ですか?
A. ツールの選定より先に、自社の受注予測精度がどの程度なのか、なぜ外れるのかという診断から始めることをお勧めします。この診断が、AI活用すべき場所を教えてくれます。

Q. 小規模な営業組織でも同じ考え方は当てはまりますか?
A. 当てはまります。商談数が少ない組織ほど、1件ごとの見極めの精度がそのまま業績に直結するため、むしろ診断の重要性は高くなります。

次にすべきこと

まずは、直近4四半期分の「受注予測」と「実績」を並べて、誤差率を計算してみてください。誤差の大きさよりも、誤差が特定のフェーズや特定の担当者に偏っていないかを確認することが重要です。この診断だけでも、次に何をすべきかの輪郭が見えてきます。

「AIを導入すべきか」ではなく、「自社の営業組織のどこにAIを使うべきか」を明らかにしたい企業には、受注予測精度を起点とした営業組織診断を行っています。

次回は、拙著の1章で扱った「受注予測精度」というものさしについて、AIがどこまでこれを可視化できるのかを見ていきます。